マニラ:タクシーの思い出(2)

当時は大したことなかったんだけど、いま思えばヤバかったなという思い出。大した話ではないのでショートエッセイである。

 

マラテ教会正面にサークルがある。駐在接待ご用達のお店があるアソコだ。

あそこでタクシーを拾ったときに出くわしてしまった。乗った瞬間にタイヤがパンクしたのだ。運転手は猛抗議である。

私は氷のような目で見ていた。タイヤの空気というのは、人が乗って抜けるものではない。ルパン三世のように、タイヤに銃弾を受けたとしても5分程度走れるのだ。
どうして乗った瞬間にパンクするのだろうか。あ、これは新手のボッタクリである。

アホらしと思い、立ち去ろうとすると、直ったから乗れ!と声をかけてくる。タイヤはパンクしたままだ。

—ここで普通の人ならば、他のタクシーを見繕うだろう。コイツと関わる理由がないのだ。
しかしわたしは、パンクしたタイヤのままで「直ったから乗れ」ということにワクワクしてしまった。どうしたって、このオチを見逃す手はない。

 

 

おお、治ったのかー!なんてバカ面で乗ったら、銃が出てきた。運転席と助手席の間にある物入に入っていた。ああ。これがオチか。面白くも無いし笑えない。

わたしは咄嗟に弾倉を押さえた。リボルバーは弾倉を押さえれば銃弾は発射されない。わたしは「プチミリタリーオタク」なので、その程度の知識はあったんだけど、そのあとが問題であった。

なんせタクシーの運転手である。銃は突きつけることがあるかも知れないけども、まさか打つわけにもいかない。南米じゃないのだ。抵抗されると思ってなかったんだろう。
だってタイヤがパンクしてるのは本当なんだから逃げられないのである。とどのつまりつまり、ただのマヌケである。

銃というのは突きつけられたら死の危険があるので相当テンパるけども、突きつけたほうだってマトモな精神状態じゃない。
私に弾倉を掴まれた結果、なんとわたしは銃本体を取り上げてしまったのだ。(力加減からいっても単純にそうなる)

銃を取り上げた私は、あの噴水に投げた。日中。真昼間である。あのサークルは、乞食がウジャウジャいる。
あっという間に銃は「誰かのもの」になってしまった。

上手い具合に別のタクシーが通りがかったので乗ったんだけども、一緒にいた日本人からメチャクチャ絶賛されたことだけは覚えている。
いま思えばヤバかったのかも知れない。でも、あんまり不手際だった。日中の車内で、停止した状態で銃を突きつけられたら、こちらは抵抗しようがある。

よく海外では「脅されたら財布でもなんでも出しましょう」というけど、ケースバイケースである。明らかに相手がバカで隙があるなら抵抗したほうがいいと常々思っていたんだけど、この件は「まんまとうまくいった」と言える。『至近距離の銃はむしり取れる』実体験として言うけど、脅かせばいいだろうくらいのヤツと見抜ければ取れちゃうことはある。

もちろん命と引き換えと思えば、私の行動は蛮勇であろうけども、現実においては割と冷静に判断できるものだ。安全装置も知らない比人は多い。
銃を恐れるというのは正しいけども、正しく恐れることが大事だ。フィリピンのセキュリティはオモチャの銃を持っていることもあるし、銃を持ってない(質屋に入れた)なんてこともある。

マニラで生きるのはケースバイケースで、当たり前の日常でも変化に気づくことが大事だと思う。

 

それにしても、俺みたいなしょうもない日本人に銃を掴まれて、噴水に捨てられた運転手は、今なにをやっているんだろうか。
マラテ教会を通る度、あの甘酸っぱい思い出が蘇る。

交通