自己啓発本という闇深い書籍について

私の大学時代の同期で、悪友と呼べる男がいるんだけど。

ソイツは、あの「社長が素手で便器を洗う会社」の社員様である。
(日本人なら知っている、有~名~な会社である)しかも今では本店の管理職をしているのである。大出世しているのである。

素手で尿石を取ることで感謝が生まれるとか、社員は汚い便器を奪い合うようにして掃除するとか、
爪でウンコを取れば嫁さんの心が分かるとか、訳の分からないことを言っている会社である。
文字通り、クソ会社であると言える。

そもそも、ソイツがなんで「あの会社」に入社できたのか凄く疑問だった。
だって学生時代から、そういう「ありがとうという感謝の心」なんていうこととは対極にいたヤツだったからである。
まぁわたしと悪友という時点で、だいたい想像できるとおもうけど。

ソイツは、俺と一緒に「白米のオカズにチャーハンってありかよ?」なんて馬鹿なことを延々語り合う青春を過ごしてきた訳であり。

どうして便器を素手で磨けば心も磨かれる、なんていってる一応大手の会社にチャッカリ潜り込めたのか、ずっと疑問だった。

ソイツは学生時代パチンコ屋でバイトをしていた。

俺が遊びにいくと、ガラスを開けてシラっとVに入れてくれるヤツであったww
(だから俺はハネ物や一発台ばかりやっていたw)

出玉で日本酒を買い、毎日のように鍋をして、できあがったら国道運転しながら車内カラオケをしていた。
まったくとんでもない話である。(※フィクションです)

今思い返すと、なんでバレずに何年もやれたのか全く分からない。まあ時代だろう。

いつだったか、俺はソイツに聞いたことがある。

お前、素手で便器掃除してんの?

—-変わったな。お前らしくないよ。と俺は説教したんだけど、

答えは、即答だった。「やるわけないじゃんwww」

うむ。さすが俺の悪友である。

やってないのかよ!テメーよく採用されたな?ということになる。乾杯ということになる。
そこから、いろんな話を聞かせてくれたわけだ。

カンのいい読者の方なら、もうお分かりいただけたと思うけど、これは罠なのだ。

簡単なことだ。
面接時に「ハイ!御社に入社にした暁には、社長のナンチャラという教えを率先して実践したいと思っております!」
なんていう学生(ほとんど全員)は不採用。

「素手で便所?イヤー・・・ブラシ使えばいいんじゃないですか?ジョーシキテキに考えて・・・」
という学生は(当時)採用されたわけだ。企業側からしても、これは理にかなっている採用方法だ。
今では通用しないだろうが、なるほどうまいことを考え出したものである。

当時、この会社は、牙の抜けた忠犬ハチ公は要らなかったわけである。(実際ソイツは出世している)
もちろん現代では、ハチ公のほうを求められる可能性があるわけなんだけど、その合否を出している人事は、
「ハ?ブラシ使えばいいじゃん?」といって採用されたほうなのだ。

前置きが長くなったけど。

それを踏まえて、今日はビジネス成功本とラノベについて書こうと思う。

 

ビジネス成功本はラノベより酷い

日本の書店には、いまそういう本が溢れている。内容はほとんど一緒だ。貧乏な私がヤルキ理論を実践したら
大金持ちになったという内容だ。これは俺の時代から変わってない。

考えてみると、ひとつのジャンル本の内容が、20年、30年以上変わっていないというのはスゴイことである。
ほとんど化石のような「成功哲学」が、いまだに売れているということなんだから。

ということはどういうことかというと、もはやこのジャンルは「名探偵コナンの映画」ように、
これでメシを食っている人というのが何千人という単位でいるということだ。
自己啓発、ビジネス成功本というのは、どんなに焼き直ししても一定数売れる、ひとつのカテゴリなのである。

 

 

カエル茹でられすぎ

この手の本で、必ず茹でられるのはカエルだ。なんで毎回カエルは茹でられてしまうのか。
自己啓発、成功哲学本では、必ずカエルが茹でられる。

つまり、ぬるま湯に入っているカエルは、ゆっくり温度が上がっていることに気づかず、ついには茹でられて死んでしまうという
警告なんだけど、常識的に考えれば、カエルは茹でられる前に湯舟から出るだろう。

あなただって、38度の風呂が44度になったら、おかしいと思ってアガルはずだ。どうして黙って茹でられるのか。

自己啓発本、あなたにヤルキを起こさせる100の方法的な「実用書」というのは、どれも同じパターンである。

主人公(だいたいの場合創業者の貧乏時代)が、ライバルを出し抜くために睡眠時間を削ってドアを叩き、
歩いているひとにも自社製品の素晴らしさを説いて、為せば成る!なんていっている。

砂漠で砂を売る。北極で氷を売る。
そんなバカなと、誰もが指さして笑ったことを、今では笑ったヤツがメモを取って聞いているのだ

だいたいこんな内容であるw

そして、人生失敗しろといい、ありのままの自分が最高だといい、短所は弄るな長所を伸ばせといい、
やらないよりもやって後悔しろといって、最後に「デカいクチばかり叩いている、アイツがどうなるか予想してやろう」
と笑ったヤツが貧乏のどん底に落ち、自分は上場の鐘を鳴らしているといった具合でヤル気本は終わる。

これって、構造がライトノベルそっくりなのである。難しくいえば、プロットが同じなのだ。

自己啓発本を読んで、その通り実践する人というのはもちろんいるけども、それはなんというか、
仕事の合間に飲む「デカビタC」みたいなもんで、長く通じるわけでは無い。

こういう啓発本の内容って、こんな具合である。

私は一日中、道行く人全てに声をかけるノルマを課した。名刺交換できたのは、ほんの数枚であった。
それを毎日。雪の日も続けた結果、かけがえのない財産が出来たのだ。
カネを稼ぐのは三流。名声を得るのは二流。人を得るのが一流である。
例え破産しても、人さえいれば、何度でも復活は可能なのだ。
七転八起というが、わたしは実際七転したのである。人という財産があればこそ、私は八起できたのだ。
そうして今、あなたに「成功」とはなにかということを伝えたい。
あなたに必要なのは、高級な車やオフィスでは無い。自分は成功するという信念である。

この程度の文章なら、わたし永遠に書くことができる。ゴーストライター依頼大募集である!

ただし、現実には絶対こうならない。ほんの少しでも考えれば、これが空想の話だということに気づくはずだ。
自己啓発本というのは、限りなくフィクションである。

 

一か月も貰えたら、わたしだってどんな社長の立身出世本でも書ける。(マジで文章が湧き出てくる)
プロのライターなら、もっと簡単に書けるだろう。

 

いま、わたしが書いた「例文」に『そうだよなぁ』なんて共感した人は、ちょっとアブナイと思う。

自己啓発系の定番文句というのは20種類くらいあるんだけども、そのどれもが、成功したい人の心をくすぐるような
テンプレでしかない。

実は、あの素手で便器の会社は賢いのである

日本の会社というのは、固定給と引き換えに「働かせ放題」という経営感覚を持っている。
労働は美徳であると考えている人々は一定数いるわけだ。

しかし、そういった価値観というのは流石に崩壊しているので、会社のほうはもっと狡猾になっている。

いまの会社って、どこも「働かせ放題」を喜んで行ってくれる、奉仕型の若者を採用したいのだ。

だから、話戻るけど、「便器?ブラシで掃除すればいいじゃん」というまともな感覚を持っている人間(俺のツレ)は
幹部候補生から順調に出世させる一方で『ハイ!素手で便器を磨くことで、大切なことに気づきました!』
—というバカな新卒を兵隊として採用しているわけである。

実のところ、俺のツレは、新卒時、本店採用ではなかった。子会社の採用だった。
子会社は社是をお題目のように唱え、創業者の理念を朝礼でデカい声で言うようなところだったという。

ツレは、そんなことはアホのやることだとシラけきっており、いつでも辞めたるという一心だったんだけど、
それが本社の目に止まり(笑)あ、コイツ幹部候補やな、ということで引き上げられたというのだ。

考えてみれば酷い話であるw

企業というのは「自己啓発本に感動しちゃうような、扱いやすい若者を集めたい」のだ。
でも、採用側は、そんな人材では困るわけだ。

「創業者の書いた本『ドアを100回叩いて開かないと嘆くな。101回目に宝があるのだ ~必勝の信念で人は動く~』を読みましたか?」
「読みました」
「どう感じましたか」
「クソくらえだと思いました。こんな本出してるようじゃ株主から笑われるんじゃないですか」

本来、こういう答えをする若者(将来の幹部)が必要なわけなんだけど、もちろんそんなヤツはいない。
わたしの世代では、こういうヤツはゴロゴロしていたんだけど、いまや絶滅危惧種だろう。

だから、いまの会社組織というのは「ものすごく頭の悪い社是」にしているところが多い。
これは完全に計算づくで行っていることだと思う。

つまり兵隊ホイホイという社是をまず作り、
引っかかったヤツを「働かせ放題」として社員にするという仕組みが出来上がっているように思う。

道端に一円落ちていたら必ず拾うとか、
クレーマーにありがとうございますと言える感謝の心とか、
ありがとうございますと伝えたいから食券機置かないとか、
清掃は隣のビルの玄関までやるだとか、
あなたが寝ている時間、ライバルは血の涙を流して努力しているだとか、

そういった、訳の分からない神話を会社組織全体として流しておいて、かつ、幹部はそれをコントロールするという、
なんか物凄く複雑なプロレスみたいなことになっているのが日本の会社である。

自己啓発本というのは、読めば読むほど闇の深い書籍群である。
内容は法則によって進められ、道は開かれ、カエルは茹でられる。

特に留学勢に言いたいんだけど、こういったヤル気本というのは、あなたにとって悪影響なので、
読んでもいいけどラノベの一種として読むくらいの感覚のほうが、人生を無駄にしないと思うんだけど、どうだろうか。