新店に移動してからは、疲れもあったがやりがいもあった。さらにいえば、午前中だけ働いているパートのオバチャンが帰化した元中国人だったのもあり、お店の言葉問題はかなり担保された状態となった。午後からはワイが奮闘し、日本人だろうがなんだろうが全部英語で対応して、それが全部うまくいった。これまで散々馬鹿にされ、コケにされ、人間失格とまで言われたワイの英語力は、実はラーメン屋の行列程度ならば問題ないということをはじめて知ったのである。
ついでに言うならば!
フィリピン国内では、俺がタガログ語を話すと「ano? ano?」等とニヤケ笑いで聞き返されることがあるが(というよりほとんど全部言われるが)日本でタガログ語を話すと、10000%聞き返されることは無かった。
なにをどう喋っても、フィリピン人は、awayの日本国においては、「ano? ano? I dont understan」というセリフを吐かず、一発で俺のタガログを理解していた。やっぱりな!
フィリピンでは、英語やフィリピノ語を話しても「ano?」と聞き返されることが物凄く多い(そして、それは「通じない」ということで、日本人の語学学習者のヤル気を奪うのであった)んだが、やっぱりあれは聞き手の聞く力の問題であった。だって、「日本では」俺のタガログ語は、一切「ano?」と聞き返されることなく、100%!一撃で通じたんだからな!
ま。そんなことより。若者が仕事を辞めると言い出したのだ。
元々。俺もここまでキツいとは思わなかったんで、辞めると言い出すのも仕方ない部分がある。それにしても、若者は俺と干支一周も離れている。彼には若さがあるのだ。配属先が地獄だということは理解しているが、俺だってそれなりに疲れている。
なに?
え?
若者は、余りに疲労しすぎており、もはや声を出せなくなっていたのだ。声というのは、喉を振るわせて発声するわけだが、彼はもうその体力すら惜しんでいた。
「—」
ナニ?
「—-キョウ」
ああ?
「—キョウ」
俺はイライラした。たった先週。俺が疲れて帰ってきたとき、「疲れたフリしてる。演技。仕事選んだのは自分なんだから」と言った言葉を、そっくりそのまま返してやりたかった。
でも。あまりに真に迫っていたので、俺は次の言葉を待った。
「—今日。四人」
といって、右手で4を指した。
—え?
まさか。あの店で働く人が四名だってってこと?
(うなづく)
そんなん無理やん(※7名でも無理な店です)
どうしたの?
(無言)
とにかく、もう滅茶苦茶忙しかったのだけはわかる。というより、以前から「店開けたらアカンレベルの激務」なのに、たった四名で開店する意味が分からないんですが…
なにしろ、全力で皿洗いをして(食洗器を回している最中に別の皿を手洗いしてもおっつかない)も山のように食器が溜まるという超大人気店舗。(席数40以上)を、四人で回るわけがない。
しかも、客はマイナス7度とかいう気温で、外で!何時間も待っているのだ。二時間待ちなんてザラである。当然イライラしている。(店の中に入っても、さらに待機所があって延々待たされる。おおよそ三時間待ち程度が常識なのだ…)そんな中で、ホール(接客をする人のこと)をやる人間がひとりもいない、できない、ヒトがいないという事実。
そんな中で、若者は孤軍奮闘していたのであった。もうね。これは忙しいとかナントカという話じゃなくって、店を開店したらアカンというレベルなのである。
たった、ヒトを案内して席に座らせ、食った食器を下げるだけでもね。席数が40も50もあれば、そりゃもう走り回っても絶対追いつかない。全力で駆け回っても無理なのだ。
その食器は誰が洗うの?誰も洗わない。ヒトがいないからだ。だから若者は、ほんの一回でも食器を洗おうとする。(少なくともバッシングした食器を流しまで持っていく)
ほんの時々、数時間程度のパートさんが出現して、食器洗いだけする場合がある。滅茶苦茶助かる。もう、来なかったら、食器が足りなくってパンクするのだ。(専業で食器を洗い続けても足りなくなるレベルなのに、誰も洗う人がいない)
とにかく、働いても働いても。働きづくしても、一切休めない。
仕事というのは責任がある。忙しいからといって放棄もできない。その対価としてカネを貰うんだから。
しかし、である。ついにオーバーフローとなってしまった。二日の休日を挟んで三日後。若者は、退職すると言い出したのである。
それはなんでかっつうと、つづくのである
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