(これまでのあらすじ)クリスマスまであと少し。年末の日本は華やいでいた。誰もが仕事を納め、帰省をして、懐かしい顔と合い、酒と共に近況を語らう時期だ。そんな折。2025年末の俺は、何故か『今、生命保険に入っておけば、最後の親孝行が出来るんじゃね?』くらいの、ウルトラスーパー激務ラーメン屋で働いていたのであった…
というわけで。陰鬱そのものといった朝がやってきた。俺は今日から配属が変わって、系列店に人事異動である。
その系列店は…果たして天国であった。
いや、飲食店としては忙しい部類に入るんだが、これまでの「地獄すら生ぬるい」という忙しさではなかった。というのは席数が少ないのである。おおよそ半分!20席ほどの店舗であった。20席!で「楽」というのはかなり感覚が麻痺しているんだろうが、とにもかくにも以前の半分の規模である。この店を3-4人で回すという話なのだ。
この会社は、限界まで人を削っていることは既に述べたが、さすがに店舗責任者(社員様)は配置せざるを得ない。オペレーションとしてはこうなる。
1.社員様(全てを回せる人)主に厨房
2.社員様 OR ベテランパート様 主に厨房と仕込み
3.オレ(ホール全部+行列整理+食券整理)にバッシング全部+食器洗い全部
という役割分担である。
俺は配属初日から、20席のホール(接客)全部と食器洗いを同時並行することになった。まぁまぁ責任重大なんだが、店が狭いので、まず歩く歩数が少ない。また、1.2が有能であり、かつ俺の仕事を補助してくれるので、かなり働きやすい。
というより、いままでが酷すぎたというのもあるんだが、配属された店は、明らかに「ちゃんとした常識的な飲食店」としてのオペレーションを維持していた。
アッチは酷いよね
どうやら俺はラッキーだった。以前の配属先というのは、社員からも「酷すぎる」と酷評されている店だったのだ。新しい配属先も、朝の開店と同時に満席となり、休む暇も無いほど働きまくらなければならない店なんだが、とにかく席数が少ないのが大正義であった。
当然だが、席が埋まってしまえば、客はそれ以上入ることが出来ない。その間に、水を補充したり、食器を洗ったりといった時間が生まれるのだ。行列に並んでいる客には悪いが、この店はまともに回転できる店なのであった。(これが当たり前なんだが)
しかも!思わぬところで、ワイは輝きを増すことになった。
新しい配属先は、96%くらいが外国人なのだ。マジで、日本人は誰も来ない。本っ当に来ない。植民地支配された日本国ですか?という位に外人しか来ない店舗なのだ。
今までぼろくそに言われていた俺の英語
以前も何度か書いたと思うが、俺は英語が苦手だ。フィリピンに住んでいるのに英語は全く話せないと言っていい。
これまでだって、何度も「幼稚園児だってもっとちゃんとした英語話せますよ?」「恥ずかしくないんですか?」「どうやって意思疎通してるんですか?」等々、散々馬鹿にされてきたのが俺の言語力であった。
ところが!
この新潟のラーメン屋というのは、96%外国人なのに日本語だけで押し通して来た店だけあって、片言以下であっても英語らしき言葉を話せる俺というのは、これもうペラペラの凄い人という扱いになったのであった。断っておくが、この会社は履歴書不要であり、ワイが海外在住ということすら知らないので、この配属は全くの偶然である。
俺は、英語が全く話せないと断言するほど英語が苦手なんだが、基礎的な日常会話程度はさすがに出来る。
これまで苦労してきた(であろう)中国人らに『行列を守れ!KEEP IT LINE!!オマエは何番目だ?!ここに並べ!ここだ!オマエは二番目だな!食券は買ったのか?!』等と客に説教する姿は、新店にとって天啓であったらしい。これまで、行列の割り込みやらトラブルやら沢山あったらしいのだが、俺が来ての初日から一切無くなったというわけだ。俺にしての当たり前が、日本では大いに評価されたのだ。
というわけで、新しい配属先では、思いもかけずに俺の語学力と仕事のスピードが多いに評価されることとなった。うっかりフィリピン人でも来店しようものなら、いつもの調子で話せば済むわけだwしかも大ウケである!
俺は新店配属初日から、「コイツ…出来る!」という人事評価を得たのであった。やったぜ。
ワイ。やりがいを感じる
新店に配属変えとなってから。二日目も三日目も、ワイはイキイキと仕事をすることができた。皆に頼りにされているのが嬉しかったし、前の店のような地獄が無かったからだ。社員様もキチンと仕事をしていたし、「アッチとは違う」ということを常々言っていたので、(社内に派閥があることも知った)いわゆる社内政治も少しは知る余裕も出来た。
なんといっても。他のバイトが外人と接して苦労しているときに、俺が出張っていくと、魔法のように問題が解決してしまうのは、得も言われぬ快感である。
これまで、フィリピンに住んでいる経験というのは全くなんの役にも立たないと思っていたんだが、まさか新潟のド田舎で、これほど役に立つとは思ってもみなかった。なにより、ヒトの役に立ち、日本社会の一員として働けているという実感があった。第一、この店は、以前の店よりも体力を摩耗しないのだ。
連勤四日目ごろには、ようやく周囲を見渡せる余裕が出来て、同僚に話しかけたり、雑談をする程度のことまでやれるようになってきた。身体は相変わらずキツいものの、丁度よい責任と、心地よい疲労が重なった感じで、なんとか日々を過ごしきれるかというところまで持ち直した。
その連勤四日目の夜。
疲れ切って寮に戻ると。若者はもう、顔が真っ白になっていた。「俺。もう辞めます」
ギブアップであった。
つづく
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