ニャンてこと!はフィリピンの教科書的映画である(hayop ka!)
ニャンてこと!はフィリピン発の短編アニメ映画なのである。
2020年に公開されたこの映画について、私もおくればせながら見たんだけど、大変面白かった。
↓予告のyoutubeである。
ブログに貼られたYouTubeなんてのは再生しないと判断する人が多いだろうけど、この記事は
映画紹介記事だ。少なくとも作品世界を知る上で最低必要な情報だから、ポチることをお勧めする。
面白いというより、これは傑作である。フィリピン関係者全員に見て欲しい!という思いで、今日は筆を取りたいと思う。
視聴方法
ネットフリックスで視聴できる。フィリピン映画、ニャンてこと!hayop ka で検索してみてほしい。
日本での評価は低い
まず、この映画は評価が低い。日本での評価サイトでは3.7である。☆4も取れていないのだ。
当然である。映画としては70分足らずと短い上に、プロットは単調。
「ああ、やられた!」と思うような見ごたえもないからだ。
特に、味の濃い映画を見ることに慣れている日本人にとっては、下手すると、
「—で?なんなのこの話」という感想しか持たないかもしれない。
実際、そんな感想を持つひとは少なくない。だからホシ3.7は妥当かも知れない。
(お断り)ここから先の記事はネタバレを含みます
フィリピンを知るほど楽しめる映画
この「ニャンてこと!」という話は、フィリピンを知るほど楽しめるという構造になっている。
この仕掛けに気づけば気づくほど面白いという、気づきの映画なのだ。
主人公のニンファは、タコの占い師に恋愛相談にいくところから始まる。
おそらく、ここはバクララン教会である。
(それに気づかせる小道具がちらりと映っている。実は映画全体の話と結びついている)
ニンファの勤めている香水売り場は、MOA
ただしmall of ASOである。(aso=犬)mall of asiaと掛かっている。マニラ好きなら思わずニヤリと
させられる。この手のパロディは作品全体に散りばめられているので、小ネタだけでも楽しめる。
ジョリビー、ホテルソゴー、エンジェルズバーガー等々随所に出てくるので、それを見つけるだけでも飽きないほどだ。
(略)
さて本題。
主人公の住んでいる場所はサンパロックの貧乏所帯。彼氏とバイクでparesを食べている。
解説しておくと、パレスというのは、ご飯にアンカケをかけただけの、『食事というよりエサ』といった食べ物だ。
「マミ」と「パレス」は、フィリピン労働者が、安くてお腹いっぱいにする食事の代名詞とも言える存在だ。
おいしい、マズイは、ここでは割愛するけど、比に何年住んでいても存在自体知らない人もいるだろう。
そういう現地食、ということだ。わたしはたまに食べてるけど。
***
まず、現状の貧乏に不満はあるけど、それなりに幸せな主人公という設定が出てくる。
パレスばっかり食べている貧乏彼氏と、乱暴だけど愛のあるエッチを楽しんでいるところから、物語は始まる。
この映画はセックスシーンが多く出てくる。開始早々職場でヤッちゃうくらいだ。
フィリピン女性は「敬虔なクリスチャン」という、ガイドブックにしか書いてない情報ではなく、
ありのままのフィリピン女性が出てくるわけだ。わたしはまずここで引き込まれた。
このシーンは序盤だけど、視聴者(あなた)が物語に入っていけるかを問われる、非常に重要なシーンである。
ここで現実感を感じることが出来なければ、おそらく最後まで見ても薄っぺらい感想しか出てこないだろう。
比では、愛があればこのくらい求めてくれる男性像が良いとされる傾向にあるので、
職場のロッカーでヤッちゃうくらいの話は、笑い話として酒席で出てくるほどである。
(100%バレるのもお約束だ)
とまぁそこに、イケメン金持ちが出てくる。ニンファはアッサリ二股を考えてしまう。
ここで、ニンファは、表向きは「彼氏がいる」という設定を絶対に崩さない。
ここのやり取りは当然フェイスブックメッセンジャーでやり取りされるわけだけど、
イケメン彼氏が、まず英語でテキストする。ニンファはジャンクなタガログ語で返答する。
そこから本音になるにつれ、英語の「建前言葉」を使ったり、くだけた現地語で親近感を
あらわしたりするシーンがある。このあたりは、フィリピンそのまんま!であり、
私は大いに楽しめたのだけど、知らない人だとただの文字チャットシーンである。
どうしてニンファは、金持ちからアプローチされているのに「彼氏がいる」と、
はっきり断言したのか?というと、比では交際中は当然として、男女のプライベートは無いからである。
つまり、やり取りは今カレ、ロジャーに読まれることを前提としているので(彼氏がいるので)用件以外は返答できないのだ。
主人公ニンファは、イケメンの財力に心を奪われてしまう。
そんな折、今カレのロジャーは、「またパレス」である。しかも今日は特別にbuy1 take1(一杯無料)だと
喜んでいるのである。
主人公は感情を爆発させる。「誕生日もクリスマスもパレス、パレス、パレス!!もうウンザリ!!」というわけだ。
—そりゃあウンザリだろう。
どんな貧乏人だって、クリスマスにパレスは食べない。ロジャーはプロポーズさえもパレス屋だった。
主人公が怒るのも当然だ。
そんなロジャーだけど、基本的にフィリピン女性にとって頼もしく描かれている。
まず「きちんと嫉妬深い男性」である。カネは無いけど愛はあるのだ。ここは重要である。
フィリピンでは『嫉妬は愛情表現』である。嫉妬しなければ、愛されていると思われない。
(これは男女両方である)
だからロジャーは、パレス屋で主人公をからかったブタをボコボコに殴って、男性としての義務を果たす。
これはフィリピンではまったく正解と思われる行動だ。
殴ったほうは当然で、殴られるほうにも理由があるというわけだ。
ブタを叩きのめすシーンの見どころは、もうブタが降参しているのに、彼氏は手を緩めないことだ。
ただパレス屋でからかっただけなのに、執拗に殴るのである。
これは普通に受け止めれば暴力シーンだ。しかし違うのである。
理解しがたいだろうけど「主人公に愛がある彼氏」を表現していることに留意されたい。
言葉だけではなく、ロジャーは行動で愛を示したのだ。その証拠に、主人公は喧嘩を止めていない。
それどころか、主人公は「今晩抱いて♡」と、男性としての魅力を認めているのである。
「日本だったらお手々にワッカ」だけど、フィリピンでは「ブタが悪い」となっておしまいだ。
付き合っている男女をからかっただけで、理不尽な暴力に晒される。これぞフィリピンである。
男女関係に暴力はツキモノ。
妻を守る夫が銃を持っていたら、それこそ殺されて終わり。ニュースにもならないのがフィリピン。
「だから」彼氏は容赦なくブタを叩きのめせるのである。正しいことだと思っているからだ。
男女が逆でも同様である。
夫を誘惑した女性がいたら、妻は必ず叩きのめす。それは夫への愛情表現なのだ。
こんな具合に、この映画にはフィリピンなら絶対経験するシーンばかりだ。
・頑張って家族のためにマニラで出稼ぎして仕送りする長女(主人公)
・裏切って妊娠してしまう妹、烈火のごとく怒る修羅場シーン
・計算高い友達が彼氏を奪ってしまうシーン
・腹が減ったらPARES それに不満をいうシーン
等々。書ききれないほどたくさんあるので、是非楽しんで欲しい。
日本語訳で見て、タガログ字幕で見ると楽しさ二倍!
日本語訳は、ぎこちないところがある。
例えば「なんってオイシイ『甘酸っぱいスープ』なの?!」なんて訳があるんだけど、見た感じシニガンである。
これシニガンだろ!?と思って不満があった。
同じように、「あの揚げた春巻きは・・・」なんて訳もあった。どう見てもルンピアである。
一度訳で見て、タガログ版でもう一度見ると「やっぱりな」と腑に落ちるので、実は二回目も楽しく見れる。
なお日本語訳に文句を言っているわけでは無い。
ルンピアと言っても日本人には分からないので春巻きとしたのだろう(私だってそう訳す)
この映画は恋愛ものなんだけど、現地語と英語の切り替えという部分は大注目シーンだ。
フィリピン人の本音と建前が表現されている。特に新カレは金持ちなので、キレイな英語を使いたがる。
(そこが凄くカッコよく見えるわけだ)
この掛け合い漫才こそ、見どころのひとつと言えるだろう。
現実でもある「秘書です」
新カレが、主人公のことを「新しい秘書」と口説く場面があるけど、これはもう、うわぁぁぁ~!と膝を叩いてしまうところだ。
小難しいことを書くと、フィリピンでの秘書の地位というのは日本よりちょっと上位に位置していて、
現実では、社長の腹心や番頭役といった感じの会社もある。
しかし、『突然社長が指名した女性秘書』というのは、もちろんそんな位置づけではない。
そんなことは周囲は誰もが分かっていることなんだけど、主人公は全くそれに気づかずに舞い上がっている。
最後サリサリストアという安直なオチがイイ!
このあいだ、フィリピンの貧困脱出というので、日本の高校生がサリサリストアの開店資金を集めていたんだけど
なにを言うのかと辟易した。もちろんサリサリも貧困脱出なのかも知れないけど、そうじゃないだろう感があった。
サリサリをやるというのは、商売の智慧があるわけではなく、とにかくまずメシを食うということである。
現実として、1ペソ、2ペソという利益をかき集め、それこそパレス屋に払う代金を稼ぐという話である。
サリサリ経営というのは、まず家族が商品を家庭内で消費してしまうため、普通にやったら生きていく上での
お金しか残らない。サリサリひとつでも商才は必要なのだ。
田舎に戻って、最後は家族でサリサリを開店するというのは、安直でもあり、あるある、でもあり、
貧困から抜け出せないけどメシを食うための消極的一歩であり、妙に希望がありそうな話でもある。
最後にサリサリをやる、というのは、日本人には全くピンとこない話だろう。
ああ、地元で雑貨屋を開いたんだな、というくらいの感想だろう。
それでは、この話のオチが無いことになるのである。
地元でサリサリをやるというのは、マニラ出稼ぎ者の末路ともいうべき行為だ。
(語弊があるかも知れないが、創作者はそういう意図、メッセージがあったのだろうと想像できる)
それだって資本はいる。サリサリをやれる資力さえもないのが本当の貧乏だ。
だから、サリサリを開いて赤ちゃんをふたり育てるというオチは、実は非常に現実的であり、
マニラで、しかもMOA(モールオブアソで)香水を売る程度のおねぇちゃんがやれる、精いっぱいのことなのだ。
(※マニラで現地人が、MOAで香水を売るにはカレッジ以上卒業していて、無犯罪を証明する程度の信用が
最低必要である。田舎だと出生証明書すら取れない人もいる中で、主人公はなんとかここまでのキャリアを積んだのだ。
田舎から出てきた比女性としては、かなり胆力があるのである。だから妹に投資したという描写が出てくることにも
留意されたい)
最後にサリサリを開くというのは、物語の余韻として、フィリピンを知る人だけが深く感じ入れることができる特権だろう。
「あー結局こうなっちゃうんだ」で終わってしまったら、
あんたフィリピンのことなんにも知らないだろ!と言われても仕方が無い。
これは恋愛モノだけど、マニラを生きる人々の群像を描いている映画だということも忘れてはならない。
創作者は、動物に見立てて見事に現実を描き切っていることに、私は最大限の拍手を送りたいのだ。
これほど才能のあるアニメが出たこと自体が貴重である
そもそもアニメとは、我が国の専売特許である。ここは譲れない一線なんだけど、その日本人の心さえも
奪うようなシーンが、この作品には短くてもしっかりと描写されている。
彼氏ロジャーがイケメンの車を壊すシーンがあるんだけど、
完全にストリートファイター2のボーナスステージそのまんまなのである。
リュウが波動拳を打ち、ケンが昇竜拳を打って車を廃車にすることを競う、あのステージを金持ちイケメンになぞらえて
いるのであった。
もちろんわたしは「KO」である。それ以前にドラゴボっぽい表現もあったんだけど、物語の中核を為すシーンで
まさかの「スト2」である。
70分という短い作品の中で、日本リスペクトシーンに時間を割き、
しかも1970年代生まれの「日本男性心のふるさと」とも言える、ストリートファイター2ネタをブッこんでくれたのである。
ああ!いったい何度膝を叩かせれば気が済むのか。
わたしはもう、彼らの次の作品が、楽しみで仕方ないのである。
マニラ特有の風俗。キレイごとじゃない現実を、コミカルに、楽しく哀しく成立させきって、
日本へのリスペクトまで作品内でやってしまった、この表現者集団を、愛さずにはおれない気持ちだ。
プロットが稚拙だというが、破綻はしてないし、稚拙こそがフィリピンの持ち味でもある。
複雑で難解な「デスノート」みたいなアニメじゃなくていいんだよ、という余韻がある。
「愛と馬鹿とカネと現実」
断片でもいい。これを商用アニメとして、現地で描き切ってみせた才能に、ひとりでも、拍手を送りたい気持ちに
なった。
とにかく余談も多い話なので、この記事は改めて書きたい。それほどの作品である。
このアニメは、表題にも書いたように、比を理解しているだけ楽しめる映画である。
まずは見てほしい。これが☆3.7だろうか?
膝を一度でも叩けば、あなたは比にちょっとカブれているわけである。
二度も叩けば、マニラに来たことのあるひとである。
いつしかパスポートのスタンプの数だけ膝をたたくことになるだろう。
わたしはまず初見で日本語訳で見て、すぐにタガログで見返して、最後にノー字幕で味わいきって、
こうして感動をブログにも書いてしまった。
ありふれた恋愛モノである。見ても、フーンくらいのものだろう。実際そうである。
しかし、フィリピンの通俗といおうか、風俗といおうか。
フィリピン人の「モノの考え方入門」として、これほどの教材はないんじゃないかな。
内容はエロアリだけど、動物に見立てられている。なにしろ表題は「動物か!」である。
この短編映画はフィリピンを知る上で、あまりに多くの示唆を含んでいる。
この映画が分かると、比人の行動様式が分かるとも言えるだろう。
忙しいあなたでも、この「アニメ」70分を見るのは、決して時間の無駄ではない。
保証してもいいくらいだ。
膝を打ちすぎて痛くなるほど楽しめる。
フィリピンを知るほど楽しめる、極上のエンターテインメントがこの映画だ。是非楽しんでもらいたい。