ついに入れ墨彫りも六日を迎えた。
もはや俺は仕事部屋に引きこもり、興味もない。通訳担当の嫁は延々ドラマを見ており、ついに料理すら飽きた。
本人もほとんど寝ていた。
慣れというのは恐ろしいものである。人間、入れ墨を彫られながら寝れるものなのである。
(これについては他のヒトの証言もある。とにかく彫っているあいだ、一切やることがないので、麻酔クリームで痛くないし寝ちゃうのである!)
裏ドラ乗った
もう何もないだろう。さすがになんのイベントも発生しないだろう。だって、あとはもう彫るだけなんだから。
しかし、それは油断であった。
若者は、元々、胸にタトゥーが入っており、それを直すように指示していたんだが。(←死ぬほど何度も打ち合わせをしている)
なんと彫り師は、その指示を無視して、上書きしていたのだ。
つまり、元の絵の上から彫ってしまっていたのである。
幸い、若者のほうが気づいて、元絵が潰されるまでには至らなかったんだけども。
いや、こんな適当でいいんだろうか? と思う訳である。だって入れ墨って一生モンなんだよね?
「あっ、彫っちゃった」
「マージー? もー頼むわー」
「メンゴメンゴ」
こんなノリなのである。
なんかもう、色々とスゴイ話なんであった。
タガログ警察
ところで、今回来た若者というのはタガログ警察である。
どういうことかというと、俺がタガログ語を話して、通じていないと察するや「え?通じてないですよね?」「フィリピン何年いるんですか?」「通じてないですよ?」「いやいや、通じてないじゃないですか」「なに喋ってるか分かってないですよ」「え、通じてました?通じてましたか?」
と、俺の言葉がほんの少しでも通じていない場合、舌なめずりして「通じてないですよ!」とツッコミを入れてマウントを取る男なのであった。
俺は、こと言葉の能力に関して、他人に一度もなにか言ったことは無い。それはあまりにも失礼だからだ。しかしこの若者は、俺のタガログがほんの少しでも通じていないと分かるやいなや、しつこく「オマエのタガログ能力はゼロだ」ということを言ってくるのであった。本当にめんどくさいヤツである。
6日目。俺は闘鶏の不正について、キッチンで話をしていた。なんでかというと、俺はその時闘鶏の小説を書いていたからである。
ふたりはフィリピン人なので、それなりの知識はもっており、去年の闘鶏不正事件で、タガイタイで100人以上殺されたニュースを知っていた。その話で盛り上がったんだが、そんときは「タガログ警察」は発動しなかった。通じている時はダンマリなのである。
この若者は、ほんの少しでも言葉が通じないと「恥ずかしくないんですか?」「何年いるんですか?」等と罵声を浴びせてくる性格なのだ。
俺は次第に、この若者を、これ以上ケアする必要が無いんじゃないかと思い始めるようになった。もはや、失礼を通り越して無礼である。
俺はフィリピン人じゃないので、当然タガログ語はネイティブではない。外国人が話す、つたない片言だ。語彙も無い。それにしても、どうしてそこまでバカにされなきゃならないのか分からない。
キッチンでは一時間くらいタガログで話していたんだが、俺なりに充分コミュニケーションは取れていたつもりだ。英語は一切話していない。フィリピン人と話すにあたって、会話はタガログがいいに決まっている。会話は成立していたと思うんだがな。一般の日本人なら一分も話せないと思うんだが?
しかし若者は、ほんの少しでも通じて無かったりすると、彼は「え、いまなんて言ったんですか?通じてないですよ」と茶々をいれてくるのだ。くそメンドクサイのである。(これは今回に限らず、前々から何度もあった)
そろそろ、「いい加減にしろよ」という言葉が出そうになる。俺は英語が苦手だからタガログで話している訳であり、当然言葉を選んだり迷ったりすることもある。そのタイミングで「全然通じてないですよね?」とか、いちいち言ってくるので腹が立つのだ。
大体において、この若者はタガログが話せない。なのにどうして、俺の語学力の揚げ足を取るのだろうか。(※彼は4ケ国語を話せるので俺よりスゴイのは認める)
俺は、自宅を貸した上で、仕事も止め、「水持ってこい、薬塗れ、背中流せ、次のメシどうする」等と言ったことを聞いてきたわけだが。
この若者は、「ワンツースリーで通じるじゃないですか。え、なんでわざわざ覚えるんですか?」という発想をしているので、そもそも話にならないのであった。
元々この若者は、強烈な人種差別主義者なので(※何度も言いますが、こういう人は海外ではごく普通におります。念の為)
適当に流していたんだけど、いよいよ価値観が合わなくなってきたなという感じを強めた。
若者は、憎めないヤツではあるのだが、「年上には敬語さえ使えばなにをいっても許される」という歪んだ価値観を持っているのだ。
前々から何度も言っていた。「オマエ、社会に出られないよ」と。
入れ墨の有無ではなく、価値観が違いすぎる上、強烈な学歴コンプレックスを持っているので、俺を攻撃するのが楽しいのだろう。良かったな。
本人は中卒、俺は大卒である。俺にダメ出しするのが、楽しくってたまらないのだ。
俺の欠点をあげつらって、マウントを取るのが、たまらなく快感なんだろう。
俺は、この若者と男同士の付き合いをしてきたので、別に迷惑どうのこうのというのはいいんだが。
別に俺の家で入れ墨を彫ってもいいんだが。なにしてもいいんだけどな。
それにしても、言葉の暴力というものがある。それは人を傷つけることだ。俺だって感情があるんだぜ?
男同士のツレだから、なにを言ってもいいというのはその通りなんだが、俺だって付き合う人間を選ぶ権利はある。
この記事は本人読んでいるだろうから、よく読んでもらいたいもんだ。
そして読者のみんなにもいいたい。
海外において、人の言語能力を馬鹿にするってことは、言葉の暴力なんだよ。
同じ日本人なら協力して一緒に盛り上がるのが正しいんじゃねえのか。話せる話せないって個人差をあげつらって、からかってマウント取って、一体どうなるってんだ?

最初の感想を呟いてみましょう