フィリピンブログのネタが溜まっているんだが、ワイはフィリピンネタばかり書きたくない。自由に色々書きたい。今日は久々にネトフリ感想記事を書きたいとおもう。今日二本目の記事。焼酎呑みながら書いてます。
高い城の男(The Man in the High Castle)が映像化されていた!
昨日。酔っぱらいながらネトフリカチャカチャやってたら。The Man in the High Castleという動画が出てきたんよ。ハ? え!?である。ええ?である。いわゆる、『伝統的SF小説好き』な人にとって、このタイトルはまさに古典とも言える響きを持っているのだ。だから本当に驚愕した。俺の大好物なんである!
—というのは、この「高い城の男(The Man in the High Castle)」という作品は、かなりマニアックな人が個人的に楽しむという原作であり、いうなれば、自販機で買う政治的エロ本のようなものだからだ。
簡単に説明すると。このSF小説(←SF小説であることに留意されたい)は、第二次世界大戦で、枢軸国が勝っちゃったという世界線を元にした話である。
これはタブーなのだ。こんな話。書いちゃいけないのだ。
というのは。例の戦争で、「日本だけが勝った」というのはフィクションとして成立するんだけども、ナチスも勝ったよー♪というのはヨーロッパ的にはフィクションでも一切シャレにならない。今なら絶対執筆も発表もできない話なのだ。(※原作は1963年に書かれたので生き残っただけなのだ)

(↑こういう世界線。赤色は大日本帝国)
要は、日本とドイツが世界を二分して植民地にしており、先の大戦で枢軸国側だった国はちょっとだけ権利を貰っている1960年ということになっている(※イタリアはオコボレだけ貰えてますw)
うおお!こんなマニアックな小説が映像化されていたのか!!ワイは、タイトルを見た瞬間。もう見たくて見たくてたまらなくなったのである。
うーん…
ガッカリとまではいかないが、映像を見た感じでは、あまりに映像が酷すぎた。この話は、ドイツと日本がアメリカを分割占領しているという話なんだから、ある程度のリアリティが無いと物語に入っていけない。

—1960年代に、どうして「厚生労働省」があるの?ねぇどうして?ねぇ?—居酒屋が「居酒屋」って看板を上げるの?もうね…なんなのこの、自ら世界観ぶっ壊しにいくstyle…

『皇太子殿下皇太子妃殿下ようこそ』
—あのさぁ。
この話では、アメリカは敗戦国の植民地である。そこに日本の皇太子が来るならば、まず横断幕というのは論外だ。大日本帝国憲法下であることを忘れてはならない。
この頃の行幸の「不敬」というのは恐るべきものだ。日本人目線で言うと、「ようこそ皇太子殿下」なんて横断幕自体、絶対にありえない。論外である。(現代だってあり得ない)大日本帝国憲法下では、陛下に向かって顔を上げることすら不敬と見做された時代なんよ?(略)
まぁそれはいいんだが、さらにヤバイのがコレ。

ナチスドイツのハーケンクロイツが、作中映像の時々、左マンジになってしまっている。

ナチスドイツが。—ええ。あの、ナチスドイツがですよ?ハーケンクロイツの意匠を、うっかりミスで間違えますか?こんなことは、もしもナチスドイツ政権下であれば、絶対にあり得ない。絶対に!
しかも、この左卍が、適当に作中に出るもんだから気になって仕方ない。作中では、腕章や記章はきちんとハーケンクロイツ。でも時々卍。卍とハーケンクロイツは、全く違う意味を持つ。そんな基礎すらも知らない人が、このThe Man in the High Castleを映像化しちゃったのだ。この作品において、時代考証はまさにキモである。それが全く出来ていないというのはガッカリであった。
もう止めて!視聴する気が失せるほどの雑映像
この作品は、いわゆる絶対タブーという世界線を、SF小説というカテゴリで実現したのだ。だから、当時でもかなり無理のある設定をした小説である。タイトルからして、「高い城の男」ってなんやねんって話。作者は売れる為に書いたんじゃないことが分かる。
繰り返すが、ナチスドイツが勝ったという話自体、フィクションでも、現代ではもう創作できない話なのだ。それを『60年代の小説の実写化』という理屈で映像化しちゃったということなのだ。
こういうタブー破りというのは俺の大好物。本当に期待してポチったんだけども。

駅の名前が「帝国ステーション」—-(ハァー…)
うーん。はっきり言うけど。コレ日本人、たったのひとりも監修してないだろ!
VIVA言論の自由という作品なのにだよ?日本軍役はいつものハリウッド映画に出てくる謎の朝鮮人俳優。(だから「日本人同士」の会話も英語)ありきたりなアクションや、余計な柔道技の前置き等々。これはいわゆる原作レイプなんよな。作者の伝えたいことが何一つ伝わらないまま、勝手に改変して映像化してしまっている。筆者が亡くなっているからといって、こういう改変をしてしまうというのはそれこそタブーだ。
小説オリジナルの内容を捻じ曲げ、勝手に解釈をして映像化するのは犯罪である。著者、原作者の書いた小説を映像化するのならば、一言一句そのままでなければならない。どうして、作者の死後、タブーを破った唯一の作品だからといって、それを「視聴者ウケ」するように改変できるのか。それこそタブーだ。
60年代というのは「戦争の記憶」じゃない。俺のオヤジが殺された!なんていうリアルのある時代に、この小説を書いて出版した勇気なんよね。だからこのThe Man in the High Castleは、静かに評価されていた名著なんよ。それを…アマゾンプライムやネトフリが、時代背景も覚悟もなく、適当に映像化してしまったんよな。
アマプラ、ネトフリ The Man in the High Castleは、作家に敬意を払っていない作品と断言します。特に美術、道具が致命的に世界観を壊しています。白けます。本作品は、小説で読むことをお勧めします。

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