怒れる日本人(フィリピン・バイク譲渡の話)
この二日間、マニラと田舎を往復しまくって、客先のソファで寝て、今2日ぶりに戻ってきたよ。あー疲れた。今日はチンタオビールをキュっとやりながらブログを書いております。
今日は3名で移動したんだけど、通りがかりの道で。ふと助手席のツレが窓を眺めながら、「—伊藤さん、いましたねぇ~w」という話が出た。
(偶然にも、伊藤さんの家の前を通ったのだ)ああ~…いたねぇ・・・wwと、記憶が呼び戻され、昔話に花が咲いた。
というわけで今日は、そろそろ時効な昔話。本当にあったフィクションでもお題にしようか。
バイクを譲りたい日本人
当時、同乗者とは”諸々サァ、移動でサァ、一台、バイク欲しいよねー”なんて話をしていたんだが、そんな中、ツレの友人の友人が、ちょうどバイクを売りたがっているという話が出た。スペックとしては
日本人の紹介。年配日本人
在住歴長い(ベテラン)
ちょっとカネに困っておりヤマハを手放したい
ということで、アッこれは話が早い。じゃあ色付けて買いましょう。早速お伺いしてバイクを譲ってもらうことになった。金額は言い値。現金一括である。相手さんも書類も揃っているというので、我々はもう、車両の程度の確認さえ出来れば、当日名変まで行う段取りで当日を迎えたのだ。多少程度が悪くても、日本人同士なら納得できるからである。
さっそく伊藤さんの家にお伺いした。整理された部屋で、几帳面な人だなというのが第一印象だった。バイクも特に問題なさそうだった。
じゃあ買います、ということで書類を見せて貰ったんだが、ノータリー(公証人認証された本人名義の売買契約成立書類)が無い。
あれ?ノータリーがありませんよ?と言ったら…
なんと。本人。全文日本語で書いてある「譲渡証」なる紙を出してきたのである。おお。こんなものまであるんですねー。参考になりますありがとうございます。まではよかった。
これで手続きできるというのだ。いいえ。これで手続きはできません。なんですかコレは…?
まぁ日日ならそんな紙が巻いてあっても(紙を巻く=軽い単純契約の意味)いいんだが、それはあくまで日本人同士の保証書みたいなモンである。
これには本ッ当に驚いた。
在住歴が長いというのですっかり信じていたコッチも悪いんだが。それにCR/ORにも不備があった。
俺とツレは顔を見合わせてしまった。一応年配の方なので、顔を立てなきゃいけないからだ。面と向かって「ダメだこりゃ」とは言えない。
俺らも当時バイクが欲しかったので、「分かりました。じゃあ書類のほうは全部こちらで、責任持って処理しますね」と伝えたのだ。
つまりノータリーとCRの再発行。それに前の持ち主との連絡を(本来しなくてもいいんだが)俺らでやりますよということだ。
とどのつまり書類不備のバイクだったので手放せなかったんだろうな、と、すぐにピンと来たわけだ。
これは日本人同士の助け合い案件だな。ま、この程度なら解決できるんで「買います」と言って伊藤さんには現金を先払いした。あとは俺らでやっときますね!
一緒にLTOに行きましょうと散々言ったんだが行きたくないというので諦めた。じゃ。俺らは、ひとまずあるだけの書類をもってLTOにいき、ゴニョゴニョっとノータリーを再認証した。(断っておくが、これはLTO近所の法律事務所で行ったものだし本人から許可を得て行っている。フィリピンではよくあることである)
しかしOR/CRの不備をやはり指摘されたので、当日の名変は出来なかった。
それでもバイクは引き取って、後日もう一度お伺いしますということになった。
バイク返せ!
さて。多少ややこしいことになってきたんだが、別に前の持ち主の身分証さえあれば、書類は済む。書類の連続性の問題だ(こちらを参照)
だから伊藤さんにもう一度会って、俺が伊藤さんを怒らせて、周囲がそれを宥めることによって、我々の言いたいことを伝えようということになった。なるほどそういう話。え?俺がナニするって?怒らせる?なんで?怒らせる必要ある?
伊藤さんは書類が完璧に揃っていると思い込んでいる。(ハイ)それをズバっというのは年下すぎて我々には無理だ(ハァ)それを指摘するのは俺しかいない!という話になったのだ。
え..?オレ?俺が伊藤さんを怒らせんの?ええー?
怒らせるというか「書類不備をあおり気味に指摘する役」をしてくださいと。そういう話だった。火の玉ストレートを投げてくださいと。
でも、これは伊藤さんの為でもあると言われれば、確かにそうだ。どこかでしっかり指摘する人がいないといけない。それは事実だ。でもなんで俺が…いわゆるショック療法みたいなことでもしないと本人気づかないだろということ。
俺はフィリピンで「怒り役」を数回やったことがあるが、俺の演技は大根だと言われ、あとでからかわれるからやりたくないのだ。
—そもそもイヤな役目だ…恨まれ役じゃん…そこまでしてバイク欲しくないんだけど…俺が乗るわけじゃないのに…
そんで当日。渋る俺を前に、周囲は『やってください。伊藤さんの為にも…』とお願いするので、俺は引き受けるしかなかった。
俺は一般人であり、いわゆる掛け合いなんて本職じゃないのだ。
それでも俺は伊藤さんに、いきなり
「アンタねぇ、こんな日本語のワープロで打った紙っぺらで、フィリピンの役所が受け付けるわけ無いでしょ?」みたいなことを本人に言った。
どうなったか。伊藤さんは作戦通りに激怒したのである。作戦成功だ。うわー…本当に怒っちゃったよ…見抜いて欲しかったんだけど…
ともかく言いたいことは伝わった。
思わぬ誤算
言いたいことを言って、俺は退場した。
今度は宥め役の番なんだが、伊藤さんの怒りは凄まじかった。「なんだあのガキャア!」「礼儀ってモンがないのか!」と荒れ狂ったようで、宥め役の人がなだめる隙もなく、紹介者のほうに「なんであんな奴紹介したんだ!!」と絶叫したようだ。
「でも、譲渡証じゃ手続きできないっていうのは本当なんですよ」宥め役は、言えなかった言葉を連発することができた。
伊藤さんはもうお金を受け取っていたし、正直このバイク。俺ら以上の条件を出す人がいるとも思えなかった。なにより我々は伊藤さんにカネをツケたかった。助け合いのつもりだったが書類不備もいいところだったので、全部あとはコッチでやりますね、だからソッチの書類は引っ込めて下さいね、通用しないんで!ということを理解させたかったのだ。
一度怒るかも知れないが、一度こっちの言い分をハッキリズバッと伝えて、「冷静に考えてみれば日本語の譲渡証なんてLTOに持って行っても通らないよな」と結論してもらった上で、改めてコッチが書類やりますから譲ってください、正式な書類全部揃えて見せますから。おおそうか悪いな、じゃあやってくれるか?という流れになるハズの作戦だった。俺としても話が終わったら詫びるつもりだったのだ。
でも、伊藤さんは譲渡契約書あるんだからコレで手続きできるだろ!と言って聞かない。もう意地になっているようで、ついにカネは返すからバイク返せという話になってきた。
いやあのさぁ…ワードで打っただけの、IDの添付もない、それこそ誰でも作れる紙じゃん。民間でも信用しない(できない)のに、フィリピンとはいえ役所がよ?それも日本語で書いてある文章を、ハイそうですかと受け付けるわけねぇだろ?
じゃあその紙持って一緒にLTO行きましょうよ。あなたが言うなら通るんでしょ?みたいなことを、俺が言ってしまったのはまずかった。
伊藤さん引っ込みつかなくなってしまった。でも一緒に行かないってのは、つまり本人も自覚してるってことじゃん…
でも伊藤さんの言い分は、
・紹介だから会ってやった
・なんだあの言い方は
・お前らの世話にならなくても売れる
・譲渡証がある
これのエンドレスリピートだったようだ。ついに、バイク返せ!という話になってしまったのだ。
いや返すもなにも、あなたのバイクだし..どうぞ。(返した)
それにしても…現金一括で、言い値で買うだけじゃなく、フィリピンで書類不備のバイクをね?ややこしいLTOの手続きも全部代行してあげますよというこちらの提案を蹴るんですか?現状、このバイク乗ってたら盗難車扱い受けますよ?それもコッチがタダでキレイにしてあげますという条件なのに?
宥め役も、散々説得したが、ついに怒りは収まることがなかった。俺が無礼だったばっかりに。(演技だと見抜いてくれなかった)
そんで、元々紹介した仲介人のほうも怒ってしまったようで、このバイク売買で、人間関係がふたつも壊れてしまうハメになったのだ。
それにしても。海千山千の在住日本人がカネに困ってるという話だったんだが、まさかこんな展開になるとは思いもよらなかった。
前金を突き返して「バイク返せ!」それは当然返しますが、そのあとどうなったんだろう。自分自身で、当時俺らが言った意味を知ってくれていたらうれしい。知らないことは恥じゃない。
そもそもバイクなんて売ろうと思えば客はいくらでも付くのに、わざわざ話が来た時点で、いわくつきのバイクであることは承知しているんだ。
案の定書類不備で売るに売れなった。伊藤さんも知っていたことだと思うんよな。
でも、それを昭和的価値観で言われたから、こちらも演技して本人に真実を伝えようとした。(その役割が俺だった)
おそらく伊藤さんも、怒り狂いはしたけども、もしかしたらこの日本語の書類じゃダメなんじゃね?ということに気づいてくれたらうれしい。
恨まれた甲斐があったというものである。
年配の日本人を怒らせて説得するという手はちょっと無茶だったのかも知れない。(そして俺がダシに使われたのも納得いかないw)
でも、我々は、ある意味稚拙な作戦をワザと立てたのだ。(つまりバレるように仕組んだ)
それを見抜いてもらうことができず、関係が壊れてしまったのは残念だった。まぁ俺らが小賢しいことをしたのかも知れない。
ま、そんなことを思い出しながら、本人の家を眺めつつ通り過ぎたんであった。