三億ペソを抱いて寝る男(8)(9)
玉城からの連絡が無い間、俺は悶々と待つことになった。あれだけの話、まさか嘘ってことは無いだろうと思いながら、辛抱強く待っていたんだが、一週間たっても二週間たっても、既読にすらならなかった。俺はフラレた男がやるように、ラインスタンプでも贈ってやろうか等と思っていたのだが。
ようやく玉城から連絡が来たのは、なんと四か月先。11月のことだった。
「遅くなりました。今晩、お車でこちらのOYOホテルに泊まってください」
連絡はこれだけだった。オマー玉城オセーよ!と思いながらも、胸は高鳴る。
なにわともあれ、指定されたホテルにチェックインだよな。当然、玉城の家のホント近所のホテルだった。
—さぁ。ついに全ての謎が解き明かされるのだ!軍団員とも会える。どんな奴らなんだろうか。まだ会ってもいないのに、何故か親近感を感じてしまう。この裏カジノ話を、当事者ひとりひとりから聞けるのだ。
いや10人もいるんだから、初日は、ひとりひとり挨拶だけだろうな。名前すら覚えきれるかどうか…というかどんな段取りなんだろうか。俺も含めると11名。おお。団体さんだな。まぁいい。
とりあえず玉城にチェックインしましたと連絡すると、今度はすぐに返事が来た。
”お疲れ様です。なるべく睡眠を取っておいてください。明日、ちょっと早いですが、午前4時に家においでください。では”
午前四時?おいおい。下手すると、俺がまだ起きている時間である。あー。だから近くに宿を取れといったのか。ちょっと早いどころじゃねぇぞ。まだ夜明け前じゃねーかよ。
それにしても待てよ?
—前回、同じこと言ってたよな。
ってことはなにか。え?ってことはなにか?
ってことはなにか?ここに俺が泊まるのって、少なくとも、もう四か月前から計画されていたってことになるんじゃね?
え、どゆこと…?
もしかして、俺、へんなことに巻き込まれてる…?え、わたしの海外生命保険安すぎ…?とか言ってる場合じゃない。ちょっと待てよ。いやマジで。
…バカな俺でも、玉城の才能の片鱗を見た思いがした。そう。「最後に会った四か月前」に、確かに「宿を取る」と、玉城は言っていた。
そして俺は今、指定されたホテルにいる。ってことは、俺が呼ばれたのは、なにか計画の一環だったのだ。ただのブログの読者はこんなことしない。
—とはいえ、ここで明日、玉城の家にいかないという選択肢はない。まさか命を取られることはないだろう。俺は玉城の話の裏付けと、三億ペソを抱いて寝ている理由をどうしても知りたいのだ。
それにしても今。えーとまだ午後八時だ。でーもー。もう寝ないとヤバいんじゃないのか。でも寝られるわけがない。
仕方ないのでコンビニに行って焼酎小瓶を買い、部屋で一気飲みしてフテ寝した。ええいもう。なるようになる!
ケセラセラ。オブラディオブラダである。考えてどうする?こんな話。酔っぱらってフテ寝してしまえ、だ。
★★★
目が覚めたのはションベンであった。スマホの時計は、三時半を示している。
ウオッ!いい具合にションベン起きした俺エライ。焼酎小瓶エライ。出発にちょうどいい時間ではないか。
すぐに支度をすると、ホテルをチェックアウト…しようとしたが、ロビーは全く人気がない。さすがOYOホテルである。
俺は申し訳なさそうなフリをしてカウンターに鍵を置くと、フロント前に置いてある、車のエンジンをかけた。外は雨であったが関係ない。
考えてもしゃあない。よっしゃあ、いざ玉城である!メッチャ近いけど!w
★★★以下(9)
ほんで玉城の家に近づくと。普段と様子が違う。アルミトラックが数台横付けされており、人影が動いている。トラックの後ろにはワンボックスカーが一台。もう一台はRVのようだ。
ともかく駐車して駆け寄ると、一見日本人みたいなニイチャン達が、玉城の家のものを片っ端からトラックに積みまくっているところであった。
「ああ、おう、どうもどうもマガンダンウマガ」玉城はすぐに俺に気づいて、声をかけてくる。
おはよーござーまーすタマちゃん。と私も調子を合わせるが、ウマガじゃねーよまったくもう!なんて言ったら。
マジで空気が凍って、日本人っぽい人たちが一斉に俺を見た。
(あっ、こいつらが軍団員だ!(察し))
もしかして、タマちゃんとかナメた呼称はヤバかったんだろうか。しかしもう言ってしまったので押し通すしかないw
「どうもどうもw 朝早くすいませんね」
いやー!ほんで、この騒ぎはいったいなんなんです?
「うん、引っ越し」
なぬ?
あ。玉城の引っ越しの話だったのか?となると…
俺は、すぐに階段を駆け上がり、玉城の家のアパラドールを見た。無い!おお。なんということでしょう。あの、三億ペソが無い!
眼前に。長年のお札の重みに耐えかねて、やや曲がった家具の底が見える。千ペソ札のレンガは、見事一枚も無くなっていたのであった。
…まぁ。引っ越ししてるんだから当たり前なんだけど。
玉城の家は慌ただしく人が出入りしていて、日本語が飛び交っている状態だった。コレもう全部、軍団員で間違いない。
男手の数がこれだけいると効率は凄まじい。ほんの20分もしない間に、玉城の家のものは、全部アルミトラックに入ってしまった。なにごとも手際よく、チャッチャと物事が進んでいく。フィリピンでは考えられない。うーんやっぱり日本人の男性集団ヤバイな。あっという間に段取りが終わり、全ての車両のエンジンがかかる。移動の合図だ。
玉城が一言二言指示すると、男共は、サーッと三々五々、車両に乗り込んでいった。初めてみたが、玉城のリーダーっぷりは流石であった。もっとも、このくらいのことが出来なかったら、男9人束ねていけない。玉城の話に真実味が加わった瞬間でもあった。
ほんで。俺どうすりゃいいの?wと突っ立っていたんだけど、全てが終わってから玉城が近寄ってきた。
「トランク空けてもらえますか」
はい
玉城は、俺の車に50リットルくらいの旅行鞄をドンドンと積み出した。
「じゃ、行きましょう」
じゃ、行きましょうじゃないが。玉城さん。質問することが山ほどあるんですが?
「あ、ハイ」
なんなんですかコレ
「いやー。ビックリさせようと思って」
いやまだビックリしてませんけどw いやビックリしましたけどw なんなんすかこれ。
引っ越しの手伝いだったらおっしゃっていただければよかったのに
「そうですね」
まぁいいですわ…ハイハイ引っ越しね…帰国じゃないのね…でも軍団員と会えるならそれもOK!
どうも、後ろの車列は、我々の発進を待っているように思える。みんな玉城の乗っている車—つまり俺の車—についていくといった風だ。
「じゃ、行きますか」
だからどこへ?
「サンフェです」
—サンフェ!?って、サンフェルナンド…でいいですか?
「はい」
サンフェルナンドとは、マニラ郊外とも言えないパンパンガ州のことである。東京から群馬にいくようなものである。
ココで俺はピンときた。ああ、実は、この道中のことなんだなと。
この道中に、例のカジノの話や軍団員の話をしておいて、サンフェの新居についたら、軍団員と顔合わせなんだろう。なにしろサンフェまでのドライブとなると時間はたっぷりある。なるほど。
俺は空港までの短い時間に質問の答えを聞かなきゃいけないと思っていたのだが、それとこれとは別らしい。帰国というのはもう少し先の話で、今回はバコールからサンフェへの引っ越しのことだったのだ。だから先に段取りされていたのだ。だから四か月も空いたのか。
ひとまず俺は腑に落ちると、サイドブレーキを下げ、ゆっくりと車を発進させた。案の定、後ろの「コンボイ」は、俺のケツにピッタリ付いてくる。
なるほどなるほど。おそらく後ろの車両には、軍団員が全員乗っているのだろう。なにしろ玉城の引っ越しなんだから、手伝わないという話はない。マニラを離れてサンフェルナンド。おそらくもっと広い家。いやマンション(※豪邸のこと。日本と意味は全く違う)だろう。となると拠点を借りるというのは道理だ。辻妻があっている。今の時間なら道路も空いている。玉城の新しいマンションとなれば、軍団員は自分の目で場所を確認したいというのは理屈にあっている。
なるほどそういうことだったのか。引っ越しが終われば、新居で自己紹介タイムから始まり、交流バーベキューでもやるんだろう。うむうむ。
じゃ、途中コンビニでビールでも仕入れたほうがいいんだろうか。フッいやいや。俺と玉城は、もはやタマちゃん呼ばわりの仲である。ちょっと兄貴分面して、おいお前ビール買ってこいくらいの勢いのほうが、今後やりやすいんだろうか?
等と、俺は存分に妄想をしながら スカイウェイを走った。ガラガラの道中である。
さーて玉城さん。音楽とか。なに好きですか?なんでもありますよ?それか 忍たま乱太郎 でも見ます?俺は気の利く男なのだ。
ねぇ玉城さん?玉城さん?タマちゃん?タマ?—…おいタマ!タマオイ!!アレ?マジ寝?寝てます?玉城さん。えーと後ろのカバン。まさかカネじゃないですよね?ねぇタマちゃん?ねえってば。
ようやく信号待ちで止まると、玉城は俺を無視しているのではなかった。車に乗るなり、パッカーンと座席を思いっきり後ろに倒して爆睡とシャレこんでいたのである。マジで乗るなり寝てたのだった。
ハァーーーーーー……(クソバカため息)分かりやすーい”お疲れモードだから俺は寝るぞ”という意思表示である。
—-ま。いいか。じゃあ好きに走らせてもらいます。俺は薄暮の雨の中、スカイウェイからサンフェまで、チョイ悪気分で空いた道でも走りますか。
必死こいて後ろからくっついてくるトラックがルームミラーに見える。
俺の車のトランクには、もしかしたら三億ペソが入っている。
さあどうするかな。こうしよう。
俺は車の窓を全開にしてカーステレオを最大にした。
夜風に吹かれ、カネに抱かれ、焼酎も程よく残ってる状態だ。肘を窓に置きながら、片手ハンドルに決まってる。風が気持ちよく車内に入ってくる。気分は最高だ。もう映画だよこれは。
じゃ。この曲しかないだろう。
玉城起きろ。パンパンガまで肩組んで一緒に歌おうぜ!タマー!!
気分は最高だよ。なんのために海外にいるんだよ。こういう瞬間がイイんじゃないか。「今を生きる」だよ。悔いが残らないよう今を生きる。オラオラ後ろのトラック、俺についてこれっか?軍団とか馬鹿じゃないのw 置いてっちゃうよ?wタマ!コラー起きろテメー!道中カジノのネタ明かしするんじゃなかったんかーーーい!!
なんなら、このままトンズラしたろか?w こんだけカネありゃ。我、フィリピンに未練無しだぜ?
後ろの軍団員なんて、泡吹いてぶっ倒れるんじゃないかw
というわけで、何故か俺はご機嫌で、玉城起きろー!と叫びながら、夜明けのマニラを北に北に疾走したのであった….
—-これから起こることも知らずに…
この話いったいいつ終わんの?ということで(10)に続く